第7回「花豆の会」レポート 味戸ケイコさんのお話より

5月14日に日本女子大桜楓館で第7回「花豆の会」が『夢の果て』の原画20点が飾られた会場に、ほぼ満員の100名の方々が来場されました。
最初に「木の葉の魚」の朗読があり、そのあと対談が始まりました。


満員になった会場の様子


私が今まで描いてきた絵が 私の思いをすべてを語ってくれると思ってきました。
こんな語り口から始まった味戸ケイコさんのお話の概要をお伝えします。

安房さんと私が、作品を通じて出会ったのは、今からもう30年以上も前、1974年のことです。


そのころ「詩とメルヘン」という抒情に溢れた月刊誌を、やなせたかしさんが創刊されたんですね。
安房さんのファンでこの月刊誌を、知らない人はいらっしゃらないと思います。ちょうど多感な年代に出会って、影響を受けられた方も多いと思います。


表現する側としても、プロとアマチュアの区別なく同じ舞台でほとんど制約なしに表現することができましたし、大変大きな画面を与えられましたから、非常にやり甲斐がありました。惜しみなく情熱を注げて、力の限りやってみたいと思える素晴らしい場でした。


(中略)


その「詩とメルヘン」に十年以上にもわたっての連載でしたが、一番初めに出会った作品は「ほたる」でした。
この作品を読ましていただいたとき頭のてっぺんからつま先まで なんとも形容しがたいものに抱き取られていく感じに包まれたんです。感動するとか感激するとかいうのとは、もっとちがうものでした。あっ魂のなかに同じ水が流れているという感じでした。文章のどのシーンを切り取っても、私の感性を静かに揺さぶるものばかりでした。


柿の実色のあかりが灯った山の駅の柵によりかかって貨物列車を見ている一郎。
後ろで結ばれた大きなリボンの白い服を着たかや子。
ホームに忘れられたようにぽつんとおかれたトランクにちょこんと座った、かや子にそっくりな女の子。
トランクの中から舞い上がる花ふぶきのような無数のほたる・・・まるで無言劇のような静けさに満たされた画像が、いくつも浮かび上がってきました。


運命的な出会いであったと思います。


「ほたる」以後、十六編、全部で十七編の作品を付き合わせていただきましたが 安房さんの豊かな想像力に私は常に啓示を与えられながら描いたような気がします。


青いアイリス畑なかへと走りながら消えていく少女。
海の上をきものの裾をひるがえして すべるように走っていく奥様。
燃えるような夕焼けのなかに うつむいて立っているひまわりの精の少女なんか。
安房さんの想像力が味戸ケイコの鉛筆や筆を動かしたのだという気がします。だからこそ表現できたのだという気がします。


夢と現実が混沌としている世界。
光と影が優しく愛らしく、そして妖しく悲しく交錯する世界。


こんな私のありきたりの言葉では、くくることの出来ない不思議な魅力を持った安房さんの宇宙。その安房さんの宇宙に私が共鳴したんですね。そしてお互いに呼応していったのかもしれません。


もしも読者の方で、ふたりがしっくりと溶け合っていると感じて、その世界の中に入ってこられる方がいるとしたら、その響きが木霊のようになって その方にも届いているからなのではないでしょうか?
そして、このふたりの底に流れる水と同じ水の流れを、その方たちもお持なのではないでしょうか。


(中略)


15年程前、それまでたくさん一緒の仕事をしてきましたけれど、すべてお任せしますということで、ただの一度も打ち合わせというものをしたことがなかったんですが、お会いすることになりました。
とても嬉しかったので、その日のことは何もかもはっきり覚えています。


私は、はりきって紫陽花の花を胸に挿していきました。安房さんは白いワンピース姿で籐のバックを持ってサンダルを履いていました。声が透明な楽器みたいに澄んでいて、嬉しそうな笑い声はきらきらする光のようで、とても明るい日向のような印象を受けました。
なにせ、こんなにきちんと落ち着いてお会いするのは初めてでしたから、安房さんって小鳥のように明るい方なのだなあと思ったものでした。
安房さんはこの作品への思いや、絵についての希望を話されました。自分の少女時代の年代くらいに小夜と言う少女を描いてほしいと。『花豆の煮えるまで』というタイトルも編集者とお話されて、その場で決められました。


そのあとなんです。中学のとき父上の転勤でハコダテに住んでいたということを伺ったのは。
二人は同じ年に生まれていますので同じ年齢で、学校は違いましたけどハコダテという街に住んでいたんですね。とても驚きました。そして、もっと驚いたのは「ハコダテの海の色って不思議な色をしていたわね。暗くて恐いみたいだった」と言われたことでした。


安房さんと私は同じ年齢のとき、ハコダテの海を見て、似たような感情を抱いていたんですね。これは凄いことですね。
さきほど安房さんと私の内には同じ水が流れていると感じたと言いましたが、水だけではなく同じ空気までも流れていたんですね。


そんな二人がトウキョウのそれも同じ「詩とメルヘン」という月刊誌の中で出会うのですから、ほんとうに不思議な糸で繋がっていたのだと思います。


(中略)


さて、ようやくこの『夢の果て』の話に入りますけれど 2004年で「詩とメルヘン」が30年をもって休刊ということになりました。
「詩とメルヘン」は永遠に続くように思っていましたけれど、やはりどこにでも終わりはありますね。
そのお別れパーティが開かれたので、なんとも寂しい気持ちで出かけていきました。そしてその会場でなんと、あのころの「詩とメルヘン」編集者だった井上富雄さんに偶然に再会して驚きました。


井上さんは、あのころの安房さんと味戸ケイコの連載を担当してくださっていた思い出深い編集者さんでした。偶然と思ったのは大きな間違いで、井上さんはちゃんとした計画を胸に秘めて、いらしていたんです。


「あのころの安房さんと味戸さんの連載をまとめて出版したいのですが如何でしょうか?」とご相談くださったのですですから。
不思議な糸はここでも繋がっていたのを感じました。


現在は瑞雲舎の社長さんになっておいででした。「ずっと長いあいだ、この本を出したいと思っていました。これは多分、自分にしかやれないこと、自分の使命だと思ってきました」と井上さんは言われました。


「私もずうっとそう思っていました。」と私はまるで夢を見ているような気持ちでそんなふうに答えていたのです。ずうっと思っていた夢が形になろうとしている。忘れ去られたとばかり思っていた作品たちがふたたび息を吹き返えそうとしている。あの作品たちをちゃんと覚えていてくれた人がいらしたんだ。そして蘇らせようとしてくれている。
こんな嬉しいことはありませんでした。


(中略)


井上さんがつくってくれたページ割りによると、絵がかなりの枚数入ることになるのがわかりました。それも全部カラーでということなのでびっくりして、これは凄い本になるのではないだろうかと思いました。


(中略)


こうして1年は瞬く間に過ぎて2005年12月にようやく出版となりました。埋み火のなかから再びいのちを吹き込まれて、静かに燃え上がったようでした。


これは「詩とメルヘン」という場があり、安房直子さんという魅力的な作家の作品があり、味戸ケイコの絵があり、井上富雄さんの粘り強い思いがあったから・・・これらが深く不思議な糸で繋がっていたからこそ誕生できた本なんですね。


(中略)


次の文章は、安房直子さんが「詩とメルヘン」誌上に私のために書いてくださったものです。


味戸ケイコさんの絵の中の少女に 私は いつかたしかに出会った事があると思う。
絵の中の少女は 風に吹かれて 花を摘んだり鳥を抱いたりしている。
その髪の毛のひとすじひとすじに 私は たしかな手ざわりを感じる。
花の匂いも 鳥のはばたきも 闇の深さも光のまぶしさも ふしぎなほど鮮やかにリアルに伝わって来て 見るたびに 私は はっとする。

約2時間の対談の後、会場の皆さんとの懇談やサイン会があり午後5時30分に好評のうちに終了しました。


サイン会の様子


瑞雲舎では、みなさんからいただいた意見を参考にして本を出版していきます。お気軽にコメントをお寄せください。

  • [名前]は本名でなくても結構です。
  • [名前][メールアドレス]は必須入力です。
  • [名前]だけ表示されます。
  • [メールアドレス]は表示されません。
  • URLのリンクはされません。
  • HTMLタグは使用できません。
  • 住所、電話番号、メールアドレスなどの個人情報は、一般公開されるコメントには書かないようにご注意ください。
  • コメントの編集機能がありませんので、削除依頼される場合は、弊社までご連絡下さい。




入力情報をあなたのブラウザに登録しますか?